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『オマツリ男爵』観てた

 観てて当然なんだけど何となく観てなかった映画をちゃんと観ておこう、というのを最近やっててその一環で細田守の代表作と言えばの本作も観たんだけど、後になって思うと完全にグリッドマンからの流れだったので日記に書くことにする。まだまだアカネちゃんと関係ある事しかこのサイトには書かないつもりだから。

 

 開幕の細田臭にちょっとぎょっとしたがオマツリ島に到着してからはエッジな演出が悪目立ちすることもなく楽しく見れる。影なし作画での逆光の醸し出す不吉さは序盤から目立つけど。

 終盤はほかの細田映画にも漂ってた死の匂いが全開でルフィがゾンビにしか見えない。ルフィも男爵もリリーカーネーションも死の国の異形の住人と化してる画面でもチョビ髭と家族は生者の外見を維持してるので何とか見てられる感もある。

 ラストシーンでワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島 - きみにとどけてれぱしーの、画面は天地が逆転した状態から戻ってるのにルフィはあお向けのまんま、という指摘が気になってしまった。

 しかしぼくらのウォーゲーム! でもやってた百万本の剣とかウテナそのまんまな部分あるよな。冒頭の延びる航跡も自己引用かよとちょっと思ったがこれは海賊団が移動し続ける存在であることを示す意味があるか。

 最近の細田作品は「父親・細田守」の自問自答を劇場アニメで見せられてる感じが嫌なんだけど、子離れできない親の話って点ではおおかみこどもとかバケモノの子とかはオマツリ男爵を引きずってるのかも知れん。

 

 やっぱりこの手の靴下人形と友達ごっこや家族ごっこしてるタイプの孤独な悪役好きだなー。オマツリ男爵の悲しさは実際にはこの映画の中心には無いんだが。

『SSSS.GRIDMAN』12話メモ

 これまで繊細に積み上げてきたものを大ナタを振るうように解決する、というのはアリだけど、僕が好きだったのはこの回で排された部分だったなー。

 

  • フジツボとかの海産物を連想させつつ何となく彼女の髪型っぽくもあるデザイン。
  • アカネちゃんが神様というのが肯定されちゃうのにびっくりした。
  • 裕太もコンポイドってことになるよな。グリッドマンはコンポイドと人間を差別しないけどアレクシスは本当の人間にこだわる。
  • アカネ怪獣は割とすぐやられるだろうとは思ったがグリッドマンノータッチとは。
  • アカネちゃんの怪獣への偏愛が半ば無理矢理去勢されてしまったのが悲しい。アンチとアノシラス親子の存在が救いっちゃ救いなんだけど、アンチは怪獣だと思えてないしアノシラスにはそもそも気付いてないっぽいからなあ。
  • どこからどう見ても電光超人はカッコいいけど若い子が納得しないからデザイン大きく変えた、みたいな話をしといてコレは本当に悪いオタクのする事だよ。僕も電光超人の方がかっこいいと思うけど。
  • 電光超人の復活で話が一気に昔の特撮みたいに大ざっぱになる、というのは分かるんだけど、それ以前の展開からも(大量の引用と尺の都合で)繊細さが失われてるのが受け入れがたい。
  • アレクシスは悪しき消費者って感じ。
  • グリッドマン最大の武器がフィクサービームってのは良かったけど、アカネちゃんのドラマが完全にスキップされたな。
  • アカネの町の荒廃は想像力の荒廃でもあるわけで町を修復することと彼女の本来の願望を取り戻すことが同一視されてるんだろうけど。
  • しかし現実の問題はフィクションでは解決出来ないという意味では倫理的な態度か。
  • フィクサービームを撃った時点でツツジ台とアカネの心の世界が同一視されてるからコンピューターワールドじゃなくてツツジ台が復元されるのね。
  • アカネちゃんが架空の町を一から創作できるような想像力の持ち主に見えないのが問題なんだよなー。劇中の姿は想像力が麻痺した結果なんだろうけど。
  • 普通に定期入れって言ってた。
  • アカネがこの世界で求め続けた愛が最後の最後にとうとう与えられ、それによってこの世界を離れた彼女が初めて見せた無償の愛が空から舞い落ちる雪の六花、というのはとても美しいと思う(裕太の両親とかもそうなんじゃないかという気もするが)。
  • 内海が特にアクションを起こさなかったのが最大の驚き。11話で何かしそうな流れだっただけに。
  • 何でアカネが六花を避けるのかはよく分からないままだったなー。卑屈メンタルだから綺麗過ぎる物からは逃げちゃうのかもしれない。
  • アカネが生きる現実も裕太たちの人生もグリッドマンのこれまでの戦いも番組の外部にある、という作りは美しいんだけどさすがに六花とアカネがお互いをどう思ってるのかは劇中でもっと描写が欲しい。
  • 結局劇中でアカネがグリッドマンの仲間になることも無ければ六花以外本当の友達も作れなかった(六花相手もアカネちゃんは納得してるかどうか怪しい)ところが不満なんだが、電光超人の一エピソードとして考えるとこのくらいがちょうどいい落としどころなのかも。
  • アカネちゃんは愛するキャラクター達のためにつらい現実を生きなければならなくなった訳でオタクらしい落としどころではある。
  • グリッドマンのデザインが元に戻ったり原典を汚染しないあたり良く出来た二次創作感がある。
  • これまでずっと何故グリッドマン勇者シリーズ引用が正義側でアカネの円谷怪獣引用が悪側なのか分からなかったけど、怪獣もツツジ台を生んだのと同じ想像力の産物だから引用自体は善なのね。
  • 地形に全然配慮しないグリッドマンの勇者っぽい戦いとか、単に破壊をもたらすものとしての怪獣というモチーフとか、特撮やヒーローものの破壊的な面が表現としては明らかに肯定的に描かれてるのにシナリオ上は否定的にしか扱われないのが釈然としないんだよな。やっぱり11話で変な期待をしてしまった気がする。
  • 僕が期待していたのはアカネが抱える捻じ曲がった、でも切実な願望に対してグリッドマンのあり方が回答の一つになることだったんだけど、最終回で示されたのは(今のところ)醜いアカネが美しいツツジ台を作り続ける、という感じのもので、願望自体は温存されたままなんだよね。
  • 世界を広げることでそういった問題についても妥協できるようになるんだろうけど(僕もそうだった。アカネちゃんのせいで思い出してしまったけど)。
  • あまり新条アカネ個人の話になるのは良くないとは思ってたけど、こうして固有性を剥ぎ取られて「フィクションの受容者/作者」の象徴として扱われるとちょっと......。アンチと六花しか個人としてのアカネちゃんの相手をしてくれなかったな(この二人も割と一方通行の承認しかしてくれない)、と思ってしまう。メタファーとしての厳密さとかテーマの一貫性ってそんなに大事でもないだろと。
  • はてしない物語』的な構造自体あくまで最終回のグリッドマンを輝かせるための物なんだろうし。
  • あとアカネちゃんの内面に関する描写が引用だらけなのはひどいと思う。キャラクターとしての尊厳ってもんがあんだろ! あの子にだって!

『フロリダ・プロジェクト』(2017)

 ここではしばらくグリッドマンがらみ(というかアカネちゃんがらみ)の事しか書かないつもりだったが最後の最後の展開に衝撃を受けたので記事を書くことにした。*1というのも割とグリッドマンだったから。

 いや冗談だけど、少なくとも半ばは冗談だけど、SSSS.GRIDMANがやろうとしている事はこの映画とどっかで通底しているような気はする。

 

 実はフロリダ州のディズニーワールドはそれ自体のパチモノのようなキッチュな安モーテル群や土産物屋によって取り巻かれており、老朽化したモーテル群には賃貸住宅も借りられないような貧困層が住み着いて一種のスラムを形成している。そんなモーテルの一つ《マジック・キャッスル》に住む若いシングルマザーのヘイリーとその娘の悪ガキムーニーがこの映画の主役である。

 ヘイリーは真面目に職を探さずパチモン香水を観光客に売りつけたりして騙し騙し暮らしているロクデナシで、消費文化にすっかりスポイルされて何一つ辛抱できなくなった子供大人なのだが、ムーニーにはダダ甘で彼女が悪戯をしても一切責任を認めようとしない。ムーニーはガキ大将タイプで友達を引き連れては車にツバ吐いて遊んだり人からせびった金でアイスクリーム買ったり色んな人に迷惑かけながらも元気に暮らしている。二人が貧困のドン底にありながらも楽しく暮らしていけているのはヘイリーの親友アシュリーや雇われ管理人のボビーら隣人たちの貧乏長屋的親切のおかげだ。

 映画はムーニーが近所のモーテルに住む少女ジャンシーを子分にするところから始まる。ジャンシーはボーっとした子だが同性で齢も同じくらいということもあってか二人はすぐに仲良くなる。アシュリーの息子スクーティも一緒に三人で遊び回る楽しい日々。しかしムーニー達が廃墟で火遊びの末に火事を起こしたことをきっかけにヘイリーとムーニーを取り巻く状況は徐々に悪化し、ヘイリーは追い詰められていく。

 気の滅入るような展開の末避けられない破局が目の前に迫り、ムーニーがそれまで抑えてきた感情を爆発させたとき、ある人物のある行動によって世界はその姿をがらりと変える。それまで映画が映してきたもの全てが意味を変えると言ってもいいかもしれない。そしてその事は、我々にとってこそ意味を持つ。

 本作で最も魅力的な大人であるボビーが最後の場面ではただ佇む事しか出来ない、真の主人公というか全く唐突に覚醒したヒーローと対照的な存在でしかないことは驚異的である。ボビーは無為でも無力でも決してなく、変態っぽいじじいを人知れず追い払ってくれるクライムファイターですらあるにも関わらず。

 ネタバレの無いように書こうとするといまいち何が言いたいのか分からないような文章にしかならないので以下ネタバレあり。『フロリダ・プロジェクト』視聴済みなの前提で説明もあんましません。

*1:この映画を観たのが10月下旬。記事書くのめんど臭がってたら最終回直前に上げることになってしまった。

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オタクの話/アカネの物語としてのSSSS.GRIDMAN

  そろそろ人に読ませることを意識した文章で今のところの見解をまとめておこう、と思ったので、僕がこのアニメをどういうものとして観てるか、それは必然アカネちゃんをどういう存在と見なしてるかになりますが、大ざっぱに書こうと思います。

 『SSSS.GRIDMAN』のシナリオはオタクについて語ったものであり、その中心となるのが新条アカネである、というのが僕の当初からの立場なんですが、それゆえにアカネのキャラ造形にはオタクならある程度共感できるような普遍的な部分が存在し、彼女が抱える固有の問題もそれらから派生してきているように思われます。この記事ではまず本作において彼女が代表する普遍的なオタクの問題を示した上で、アカネの物語をそれらのオタク的問題の具体的展開として見てみます。

 

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『SSSS.GRIDMAN』11話メモ

 裕太やアカネの掘り下げをするのかなーと思ってたら内海の話でびっくりした。いや裕太の掘り下げでもあるんだけど。

 

  • 普通にどさくさに紛れて逃げてた。
  • とっさに出て来た言葉が「ごめん」なのが辛い。自分はもう許されない(から開き直るしかない)、というのがアカネちゃんの振る舞いの根底にあると思うので。
  • 言ってみりゃアカネちゃんのなけなしの攻撃性の象徴だったカッターナイフで本当に人を刺してしまった(その事に自分で怯えた)以上これ以上怪獣製作は出来ないんだろう。
  • これまで隠蔽されてた災害のメタファーとしての怪獣という側面が一気に露になった感。
  • 人の死についての六花となみはすの温度差が生々しい。怪獣と言わずに事故や災害で例えたのでなおさら。
  • モブの大人達が災害に対処する描写が目立つことで高校生の無力さ/受け身さが露になる。
  • なみはすの微妙な立場の違いを示す黒煙。
  • 「一般人代表だよ!」裕太が刺されて一気に心境が変わってる。
  • 10話でまた内海がオーバーリアクションしてたのってこの展開のためなのね。
  • 「足下を気にしてたら戦えない」グリッドマンも明らかに建造物の被害気にしてないよな。
  • ドラマパートでこの世界にもそこに生きる人々と日常があることを強調してるのと特撮パートの齟齬をどう解決するんだろ。
  • アンチをぶん殴ろうとしてここは病室だと止められるシーン、モブと対等に映されることで本当にただの一般人であることが示されている。
  • 病室のくだりで内海が主要キャラとモブみたいな世界観から抜け切れてないことが示される一方、なみはす問答と病室のシーンで六花が誰でも平等に尊重することが再確認される。
  • 特撮オタの箱庭でベノラの霧が覆い隠していた怪獣バトルの後始末が明らかになると同時に同じ特撮オタの内海がそれまで準拠していた世界観も崩壊するって感じか。
  • アンチくん相変わらず言われたことを鵜呑みにするなー。
  • 遠景でグリッドナイトが戦うシーンコマ数落としてるけど、説明台詞と一緒なので違和感がない。
  • 「新条に刺されたんだぞ!」でグリッドナイトも刺されてるの笑っちゃう。
  • グリッドマンに目覚めたら目が金色になってて、六花のキャラソンは? ってちょっと思いました。
  • 裕太が刺された時一人だけ現実を受け入れられなかった時点で内海にとっての楽しい非日常は終わってるんだけど、裕太がグリッドマンに憑依されてることが判明して完全に彼にとっての日常と非日常が断絶している。
  • 主人公の親友という立場すら奪われてるんだよな。六花との対比が残酷。
  • ジャンクが起動するときSSSSって表示されてる。
  • 標識だらけの謎展望台。カツヨ!
  • 「ちゃんと刺したはずなのに」徹底して自己認識がずれてる。
  • 六花は自分の身の回り、想像力の及ぶ範囲内にあるもの全てを出来るだけ尊重している人間なのであの台詞をアカネ以外要らないとは解釈できないよな。
  • 「アカネは私の事どう思ってるの?」六花と直面することから逃げ続けてきたアカネにとって決定的な一言。
  • アレクシスが割り込んできたときのほとんど安心するような諦めた眼。直前のフラッシュバックで溢れ出した気持ちを吐き出そうとしてたろうに。
  • 完全にアレクシスを怖がってる声でよい。
  • インスタンス必要なんだ。
  • ホントに残り一話で全部回収できるの!?
  • あー怪獣が隠そうとしてた嫌な部分の象徴にもなってるのか。これならアカネちゃんの内面の話にスムースに持ってけるか?
  • 六花が知るアカネがどういう人物なのか全然分からない、もっと言えばこの世界の住人にアカネがどう見えてるのかもいまいち分からないのは意図的なんだろうな。
  • 内海は楽しいことは友達と共有しようっつう性格だから六花に宇宙船押しつけたし、何でも持っている(振りをしていた)アカネちゃんとの交友に何か足りないと思ったのかも。

『SSSS.GRIDMAN』10話メモ

 特に前半台詞で説明する場面が多くていささか冗長。

 

  • 夢の中だけど髪の毛いじってる。
  • ここ数話で問川が重要人物みたいになってるの笑っちゃう。
  • 「本当の人間は寝たりしないよ」無茶な台詞。これまで寝てなかったの? そういうふしはあったけど。
  • 裕太と内海の問答シーン、書割みたいな入道雲
  • 作りかけの怪獣は手を連想させるようなフォルムになってる?
  • 内海の行動は何か意味あるんだろう。”すべて世はこともなし”な訳も無いし。
  • 5話でアンチが煤煙避けにマフラーを貸してくれた時の「臭い」ってやっぱりそういう意味でもあったのね。
  • 前々から思ってたけど、日常を奪ってくれるから怪獣が好きなのにカタストロフを毎回無かったことにするっておかしいよね。割と言われてるようにアカネちゃんの怪獣観は円谷っぽくない。
  • やっぱりアカネちゃんの恐い眼のアップは「怪獣の眼してる」って演出だったか。
  • アンチに眼を見られるのを恐れてるし実際グリッドマン同盟の前に現れるシーンでは瞳が隠れてるけど、六花邸に駆け込む裕太たちを見付けるシーンではいつも通りの瞳が見えてるんだよね。悲しい。
  • 心の瞳が実際にあの場で歌われてる訳無いんだからあれは彼女の心象風景であって、つまりこれまで聞こえてきた合唱曲もみんな本当は聴いてたんじゃないのか。
  • これについては詳しく書くべきかもしれない。つまり僕はこれまでアカネは合唱なんて嫌いで、合唱曲の歌詞は自分たちと無関係なきれい事で、群衆の歌声は自分を脅かすものだと思ってると考えていたんだけど、そうではないのかもしれない。彼女は実は合唱やその詞が謳うものの価値を信じていたけど、自分はそこに参与できない存在だと思ってたんじゃないか。そうであってこそ「わたしもグリッドマンと話してみたかったな」という台詞が出てくるように思う。
  • 「良いのかな」って二度も言っておきながら即「わたしの町が、みんな死んじゃった」発言。8話ラストの台詞もそうだがツツジ台に対する愛着が無さそうなので”わたしの町”という言葉が何を意味するのかよく分からない。
  • グールギラスとかもそうだけど、素材の針金がそのままデザインの一部になってるのが楽しい。
  • マウント取りながらパーツを毟り取る量産型エヴァっぽいシーン良かった。
  • アカネの心そのものに近い中の人がこれ見よがしに星人っぽいことからアカネちゃんが星人は怪獣とは別だと思っていることが分かる。
  • 没ネタからの引用だからしょうがないんだけどグリッドナイトって感じじゃないよな。
  • 捨てたものを覚えてないとかここは捨てられたものが集まるとことかの台詞が意味深。
  • これから怪獣パーカー被る展開になるのかなー。

『SSSS.GRIDMAN』9話メモ

  このアニメの公式ビジュアルでアカネちゃんが他三人と一緒にはしゃいでる、どう考えても本編じゃこんな絡みしてないだろって感じのやつ幾つかあるじゃないですか。そういうのがが一気に悲しい意味合いを持ち始めましたね。この回で。

 

  • 六花の真似とはいえ普通に歌ってるな。
  • コンビニ前で一応共食してるがアカネは食べてるフリだけ。
  • 今回の怪獣知識チェックを見るに6話の「レッドキングって赤くないよな」もアカネちゃんを試してたっぽい。
  • 中学の名前を言わない理由としては六花と同じだから、そもそも通ってないから、男子校だから(保健室のシーンの直前に映るポスターが「知ってる? LGBT」だし)あたりが考えられる。
  • アカネちゃんがMtFだとしてもいろいろ整合性が取れるけど、それにしては今の彼女は男の子っぽすぎるか。
  • しかし何で六花とのやり直しでは幼馴染設定をなかったことにするんだろう。
  • アレクシス足下が透けてる。
  • やっぱりアカネハウス打ちっぱなしだった。
  • ”ナツのボッチ”って発音してるよね?
  • 墓地に取り残されるアカネのシーンは4話でアンチが変身解除されたシーンに似た構図。
  • サラッと”新条さん”から”アカネ”呼びになってるのにときめいちゃいますね。
  • なんとなくだけど裕太にとってヒーローである事と(恋愛において)男であることは同根のもののように見える。左手に着ける腕時計も一応男性の指標だし。
  • 内海に大量のグッズを買わせて自分は「欲しいものあんまり無い」と言うのはは7話の中華屋で自分は食べない料理を大量注文する場面に似ている。
  • 唯一実際のやり取りの延長だった内海パートですることがレアものをホイホイ与えて逃げられそうになったら必死の色仕掛けというのが、金で人望を買う子供がそのまま体を売るようになったという以前の見立てそのままで辛い。そんな余計なことしなければ内海が独力で夢だと気付く事も無かったろうけど、アカネちゃんは不安のあまりこういうやり方に走るんだろうというのも。
  • 都合が良すぎる......の童貞っぽさと友達になれてたかも知れない発言の優しさが光る。
  • 内海だけがはっきりアカネとは友達じゃないって言ってるんだよな。
  • 夢の中では六花と接するときの刺々しさが無いのがホントに悲しい。
  • 「これは夢だ」と気付く事で裕太たちにとって「新条アカネがこの世界の神様」という言葉が意味した理解不能な怪物のイメージが反転するのが鮮やか。
  • 今回もそうだが素のグリッドマンは特撮的なリアリティに制約されてない時の方がかっこいいな。
  • ランプをピカピカ光らせながら通話するキャリバーさん。
  • 「お前は心を持った生き物」「俺は怪獣だー!」このやりとりアカネちゃんにも当てはまるんだろうな。
  • 何だかんだ言って嬉しそうなアカネちゃんの姿がいっぱい見れて良かった。これでアカネちゃんだけでなく視聴者もこの世界への未練を断ち切れる。
  • なろう小説で親友だった二人の間に自分をねじ込んだり、親友が居る奴への憧れ? 嫉妬心? が強いんだろうか。
  • 今回特に細田感あったけど、僕がこのアニメに感じる細田デジモンっぽさって交通標識や同ポ多用する演出と題材から連想してるだけなのか実際に制作陣も意識してるからなのか。